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アンネの日記 本当のあらすじと内容!?感想も簡単に書いてみました!! [学び]

 アンネの日記のあらすじと内容と感想

 

「アンネの日記」

アンネ・フランクが、実際に書いた日記の本です。


アンネ・フランクが、戦争から逃れるための隠れ家で

生活をしているときの、不安や恐れ、怒り、愛など

思春期の少女の見たことや感じたことなど

いろいろなことが「アンネの日記」に書かれています。


では、「アンネの日記」のあらすじを見ていきましょう。


■アンネの日記 あらすじ内容


実は、アンネの日記は、あらすじがありません


日記なのですから。


思春期の少女 アンネ・フランク

取り留めもないことなども書いてあるからです。


ただ、どのようなことが書いてあるかですが


1942年、オランダのアムステルダム

ヒトラー率いるナチの侵攻により

裕福な家庭で育っていたアンネ・フランクは、

戦争によってナチスによって始まった

ユダヤ人迫害から逃れるために

家で屋根裏部屋に2年間隠れ住む生活になります。

その中で、いろいろな思いを日記に書いたのです。


そこでは、隠れて生活しなければいけませんから

当然、窓も開けられませんし

日中は、大きな声も出せません。


ナチスに見つかってしまいますから。


食事はというと粗末なものを食べるしかなく

服も買うことができないので

替えることもできず、傷みが激しくなっていきます。


どうしようもありません。我慢するしかないです。


また、何人かの同居人がいたのですが

その人たちとの関係が思うようにいかず

いろいろな不満を持つようになります。


そのような生活になった原因は

ナチスにあるので

ナチスへの激しい怒りと恨みを覚えます。


しかし、そのような中、

アンネ・フランクは、

元の生活に戻った時のことを考えて

勉強をしたりします。


そして、そのような生活の中、

人の温かみ、また、恋も経験します。


アンネ・フランクは、

同居しているの家族の息子のペーターに

恋に落ちたのです。


しかし、アンネ・フランクの両親は、

ひどい隠れ家での生活の不満や

ペーターとの恋について

うるさく言われます。


日記の中では、そのことについての

不満などがいろいろ書かれています。


そして、最後に、日記は、

突然、終わっています。


「アンネの日記」のあらすじ、内容はこんな感じです。

日記ですので、結末もなく、

書くのをやめたため、書かれてはいないのですね。

■感想


現代に生きる私たちは

わからないかもしれませんが

過去の歴史の中から

戦争の愚かさや人種差別の愚かさ

を学ぶことができます。


そのような時代の中、

思春期の少女の素直な気持ち、感情が

痛いようにわかります。


将来の夢と希望に満ち溢れた生活から

一転、ナチスの迫害を受けて、

生活が激変して隠れて生活しなければならなく

時には、少女が死を感じながら

生きなければいけないのです。


「アンネの日記」を読んで、

戦争は二度と起こしてはならない。

とんでもないこと。

強くそうゆう思いを感じさせる

切ない日記です。

「アンネの日記」の文章は

とても読みやすいですよ。


アンネ・フランクの日記ですから(^^

アンネのせつない感情や思い、考えを

深く知りたい人は「アンネの日記」の詳しくはこちらです。↓


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ソクラテス 有名な名言「無知の知」の本当の意味とは? [学び]

ソクラテスの名言 無知の知の意味

哲学の木.jpg

古代ギリシャの偉大な哲学者ソクラテス


哲学者プラトンの師匠でもあり

ソクラテスの没後、プラトンを通じて

そのが哲学が後世に伝えられ、

西洋哲学の主流となりました。


そのソクラテスは、

死刑宣告を受けて、獄中で毒を飲んで亡くなりました。


衝撃的なのですが、

なぜ死刑宣告を受けたかというと

ソクラテスの名言「無知の知」に関係があるのです。

当時、ソクラテスは、現在のギリシャのアテネで

精力的に活動をしていました。


その活動で、アテネ市民に、

対話的問答を通じて

相手に無知ということを

自覚させようとしたのです。


ソクラテスは、

「賢い者ほど、無知であることを自覚しよう」

ということを伝えたかったのです。


しかし、その活動は、アテネ市民には受け入れられずに

そして、告発されて、時の権力者から死刑宣告を受けたのです。


その時、ソクラテスの弟子たちは脱獄を勧めたのですが

ソクラテスは「悪法も法」だと言い死刑宣告を受け入れて

死刑執行として、毒を飲んで亡くなったのです。


そのソクラテスの有名な哲学、名言


「無知の知」とはどうゆう意味が隠されているのか?


ということになります。


簡単に言えば、この名言は

「自分は何も知らない」ということを自覚すれば、

それだけで、他の人よりも優れているんですよ

という考えになります。


なぜそうなるかというと、

「自分は何も知らない」という

「謙虚さ」を持ついうことです。


得てして、人は、

他人に対して、優位に立ちたがり

知ったかぶりをしたりしてします。


知ったかぶりをしてしまうと

人の成長はそこで止まってしまいます。


深く考えもしないし、思考が停止してしまうのですね


「自分は何も知らない」ということを自覚していれば

そこから、物事をよく知りたいという探究心が生まれて

学問が発展していき、未来が開けていくというんですね。


哲学とは、学問の入り口ですから。


今の思いこみを改めて、

哲学や学問の基本姿勢を示した言葉が

「無知の知」になるんですね。


ここで、「自分はバカだ」とか「頭が悪い」とか

という意味では決してなくて、

「自分には知らないことがある」と自覚することで、

成長するということなんです。


そして、

「自分の知らないことを他の人は知っている」

と自覚することで、

人への謙虚な気持ちや感謝の心が育まれる

というわけになるのです。


哲学というと、難しく感じるかもしれませんが

人生には、さまざまな事や問題がありますが

そのことに対して、

「正しい答えを与える」

というような学問になります。


そのような意味で、

「無知の知」というソクラテスの名言に

従って、行動することで

人生が開けてきたり、

人生の正しい歩き方が見えてくるのではないでしょうか(^^


本当に意味するところは、これをご一読してみることをお勧めします。

文字が大きくて読みやすかったですよ。

 

ソクラテスの本の詳しくはこちら↓


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画餅とは?読み方と意味、語源の秘密とは?三国志が関係していた!? [学び]

 画餅とは?読み方と意味と語源

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「画餅」とは、読み方は「がべい」といいます。


その意味は、

「絵に描いた餅(えにかいたもち)」

「机上の空論(机上の空論)」同義語


「実際の役にたたないもの」

「計画はあっても、実現しないもの、可能性が低いもの」


になります。


その「画餅」は、由来や語源が、

中国の『三国志』の「魏書」からなのです。


ちなみに「魏」は、

日本史に登場してくる卑弥呼の

あの「魏志倭人伝」の「魏」です。


この頃、卑弥呼が、魏と交流していて

『三国志』の長い歴史のひとつになるんです。


そのような三国志の時代から

日本に伝わってきたのですね。

 

 

そして、「画餅」の語源はこちらになります。


「選挙莫取有名。名如画地作餅、不可啖也」


(選挙するに名有るを取ること莫(なか)れ。

名は地に画(えが)きて餅を作るが如く、

啖(く)らうべからざるなり)

 

この言葉は、

魏帝、曹操の孫の曹叡(そうえい)が即位したときに、

高級官僚を抜擢する際に言った言葉です。


パッと見て、何を言っているのかわかりませんが

これを日本語で言い表すと


「人を抜擢するときは、評判だけで選ぶな。

評判は地面に餅の絵を書くのと同じで、

その餅は食べられない。何の役にも立たない。」


という意味なんですね。


曹叡の人材登用の哲学なんです。

 

昔も今も変わらないかもしれませんが、

当時も、いい顔やいい評判を与えておいて

高い地位に就くための、

有効な手段だったんですね。


しかし、皇帝であった曹叡

実力主義、能力主義を本望として

いい評判だけで、高い地位に就こうとする者

失脚させたといいます。


情報が多すぎる現代でも、

通じる面があるなあと思いますが

曹叡のように、物事をしっかり見極める力を

付けなければいけないなあと思いますね(^^


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